上塗りをするとスプーンがふっくらと美しい姿になる。その瞬間がとても楽しい。(岡本友紀子/木のスプーンゆきデザイン工房代表)
岡本友紀子さんは、岡山市内に工房をかまえる木工家。2016年に独立してから果樹や雑木林の木を使ったスプーン作りに専念されています。耐久性、メンテナンス性に加えて、木目をはっきり、美しく見せたいという思いから、仕上げはオイルではなく、プレポリマー(業務用木固め剤)加工と決めているそうです。
Q.木工をはじめたきっかけは?
私は植物に関わる仕事がしたくて、大学では造園学を学びました。ですが、就職したのは植物とは無縁の会社の事務職。40代になり、これからの人生を考えていた矢先、『季刊地域』という雑誌で時松辰夫先生(アトリエときデザイン研究所代表)の存在を知って、「この人にお会いしたい!、話をもっと聞きたい!」と思い、いてもたってもおられなくなり、工房のある湯布院(大分県)にアポなしで行ったのがはじまりです。
その1ヶ月後ですね、研修生になったのは。本当は5年以上修業したかったんです。でも家庭の事情で、1年4ヶ月の研修期間となってしまいました。短期間で技術を身につけるため、早朝7時に工房に入って、帰宅するのは夜8時ごろ。朝昼晩、先生やほかのスタッフたちと一緒に食事をし、仕事を見せていただきました。下宿生活でしたが、実際には住み込みのような濃密な時間を過ごすことができました。
Q.なぜスプーン作りを専門にしようと思ったのですか。
研修生になる前、先生が私に見せてくださった木のスプーン(JR九州・特別列車の採用品)の印象が強烈で「こんな美しいスプーンをいつか作りたい」とずっと思っていました。身近な雑木林の木が、見事な造形作品に生まれ変わる、素材とデザインの両立がスプーン作りの魅力です。だから独立前からスプーンをメインにしよう決めていました。
Q.どんな材料で作っているのですか。
研修先では、ミズメやヤマサクラを使うことが多かったのですが、独立してからはビワ、イチイガシ、ミカンなど、身近な木を常時20種類ほど在庫しています。中でも地元のオリーブ園から分けていただく、オリーブの木で作ったスプーンは人気があります。スプーンのデザインは14種類あります。そのうち12種類は時松先生がデザインしたものです。残り2種類が私のオリジナルですね。
Q.塗装はどんなふうに行っていますか。
私のお客様は好事家ではなく一般の方。あまり神経質にならず気軽に木のスプーンを使ってほしいので、プレポリマー(業務用木固め剤)で仕上げています。まず木固め加工ですが、ステンレスのボウルでドブ漬けしています。時間は10秒くらいでしょうか。中塗り、上塗りはスプレーガンを使っています。「エステロンカスタムDXクリヤー」で2回重ね塗りし、最後上塗りします。上塗りは7分消しとクリヤーをブレンドして、5分消しくらいに調整しています。全消しや7分消しだと木地のムラやアテが目立ちますし、かといってクリヤーだとプラスチックのような光沢になってしまいます。5分消しくらいが私の好みですね。
木工をやっている人には、塗装よりも加工が好きという方が多いと思いますが、私は塗装が好きです。だって人間にたとえればお化粧みたいなものでしょう。上塗りをしたときにスプーンがふっくらと美しい姿になる瞬間がとても楽しいです。
Q.白木のスプーンを作るうえでの注意点を教えてください。
スプーンは器と違って、形が複雑なので、塗装するときも気づかいが必要です。スプレーガンのエアー圧は極力低くしないと、スプーンが吹き飛んでしまいますし、傷みやすい先端部分は中塗りのときにもう一度、スプレーを往復させて塗り重ねることで、塗膜を厚くするようにしています。
もうひとつは研ぎでしょうか。スプーンは口に触れるものなので、できるだけ滑らかに仕上げる必要がありますが、最初のうちはどの程度研げばよいのか、加減がわからないものです。研ぎすぎないようにするためには、光源を一定にして目で確かめること、ペーパーの状態にも常に気を配って、どの程度研げる状態かを認識しておくことが大切です。
Profile
岡本友紀子(おかもと・ゆきこ)◎木工家。木のスプーンゆきデザイン工房代表。岡山県生まれ。南九州大学環境造園学部卒業後、NPO法人勤務などを経て、木工デザイナーの時松辰夫氏に師事。2015年に大分県湯布院のアトリエときデザイン研究所の研修生となり、木工とデザインの基礎を学ぶ。2016年に地元の岡山で工房を開設。奥山や里山の身近な木でスプーンなどのカトラリーを中心に製作している。